++HOME++PROFILE++DIARY++TRIP++


マレーシア&シンガポール
ぶらぶら旅日記

【マラッカ編】

INDEX

7月8日(木) 出会いもたくさん、ぶらぶらマラッカ その1

 6時に目が覚め、しばらくベッドの上でゴロゴロしていた。こちらは7時を過ぎないと外が明るくならないので、何だか動き出す気にならない。

 7時半、朝食を食べにレストランへ行くと、まだ誰も来ていない。駐車場には車がたくさん停まっているので、それなりに宿泊客はいそうなものだけれど。朝食は種類は少ないけれどビュッフェスタイルになっていて、ナシ・ルマ(ココナッツミルクで炊いたご飯に、サンバルという辛いソース・小魚・ピーナッツ・きゅうり・ゆで卵などが添えられたもの。)と少々のおかずを食べた。


もう少しおいしそうに盛れば良かった。

 
部屋に戻り荷物をまとめ、8時過ぎチェックアウト。ホテルで呼んでもらったタクシーにて、ラーキン・バスステーションへ向かう。ホテルからバスステーションまでは6.4RM+呼び寄せ代1RM。

 ラーキン・バスステーションでタクシーを降りるとすぐ、「どこに行くの?」と聞かれ、「マラッカ」と答えると、「3番のカウンターだよ。」と教えてくれた。なので、脇目もふらずに3番のカウンターへ向かい、9時15分発マラッカ行きのチケットを買った。マラッカまで12.3RM。出発まで時間があるので、バスステーション内をウロウロする。2年前にも来た事があるので懐かしくもあり、多少はどこに何があるのか分かるのでホっとする。

 言われた時間に3番カウンターの前に行く。バスはプラットフォームには入って来ないらしく、時間になって現れたバスを指差し、「あれに乗って。」と言われた。大きな荷物をトランクに入れ、席に着く。このバスは3列シート(2人掛けと1人掛け)なので、とてもゆったりとしている。私は1人掛けシートなので、快適、快適。

 トイレ休憩が1回あり、12時頃、マラッカのバスステーションに到着した。バスを降りると予想に反して人がいないので少し困った。ゲストハウスの客引きが沢山いると思っていたので、その中から今日の宿を決めるつもりだった。さて、チャイナタウンの方で探すか、ゲストハウスが多いタマン・ムラカ・ラヤに行くか、そこまでどうやって行こうか。

 「うーん・・・。」と考えがまとまらないまま歩き出すと、壁にもたれて座っていた男の人が紙きれを見せながら近寄って来た。「ゲストハウス」という単語が聞こえたので立ち止まって話しを聞く。話し終わるともう一人の男の人が寄って来て、日本語で書かれたゲストハウスのビラを渡された。ガイドブックにも載っている『TRAVELLERS' LODGE』。シングル・ファン・共同シャワーで16RM〜、エアコン部屋なら33RM〜とのこと。「とりあえず、部屋を見に行ってみてよ。」と言われ、ほぼここに決めるつもりで、緑と白の17番のバスに乗ってエクアトリアル・ホテル前に向かった。料金は50¢。どこで降りればいいのかよく分からなかったので、運転手さんに声を掛けておいた。降りる場所に来ると、運転手さんと車内で運賃を集めるおじさんが教えてくれた。

 ゲストハウスに着き、まずファンとエアコンの部屋を見せてもらう。ファン部屋は受付やリビングルームのある3階にあり、シングルベッドが1つあるだけで狭い。エアコン部屋は2階にあり、ダブルベッドや鏡台があって広い。エアコンじゃなくても良かったのだけど、その広さに惹かれエアコン部屋に泊まる事にした。何だか疲れていたし。宿の人から設備について一通り説明を受け、何泊するか聞かれるも、明日出るかあさって出るか決めかねていた。今日と明日の午前中で回りきれるなら1泊にして、明日の午後にはクアラルンプール(KL)に行きたいし、無理そうなら2泊してゆっくり回りたいし。とりあえず延泊するのは問題ないとの事なので1泊にしておいた。ちなみに、ここはビールなどのお酒を持ち込むのはいいけれど、豚肉は持込み禁止。

 クーラーの効いた部屋で一休み。今日の予定をざっと立て、まずはお昼を食べにチャイナタウンへ向かう事にした。マラッカではご飯が団子状になっているチキンライスが食べれるらしいので、事前に調べておいたオススメの店を目指す。マコタ・パレード(ショッピングセンター)が面しているムルデカ通りを歩いて行き、海軍博物館・海の博物館を左右に見ながらキーサイド通りを行く。コタ通りとぶつかると目の前はスタダイス前の広場で、ガイドブックなどでお馴染みの赤いムルカ・キリスト教会が「マラッカに来た!」と思わせてくれる。

 
海軍博物館(左)と船の博物館(右)。

 
スタダイス前の風景。

 マラッカ川に掛かる橋を渡ってすぐに右、この辺りにご飯が団子状のおいしいチキンライスのお店があるとのこと。すぐ角にチキンライスのお店があるけれど、インターネットで調べた地図だともう少し行く事になる。が、その先にはチキンライスのお店は見当たらない。ガイドブックの地図に自分で場所を書き込んでおいたので、それを取り出し再確認。「何を探してるの?」と日本語が聞こえるので顔をあげると、日本人男性がこちらを見ていた。ジョンカー・ストリートの方にもチキンライスのお店がある事を教えてくれ、そこも見に行ってみる。途中にも1軒、チキンライスのお店を見つけた。どちらの店にも「ライスボール」と書かれている。団子状のご飯はライスボールと指定するのかな?


橋の上から見るマラッカ川。

 結局、最初に見かけた角のお店『中華茶室』に行く事にした。すでに1時半になっているけれど店内は沢山のお客さんで賑わっているし、きっとおいしいに違いない。「ライスボール?」と聞くと「そうだ。」と言われ、席に着いた。目の前に出された5つのライスボールとツヤツヤ輝くチキンににんまり。ライスボールは1口目、「ちょっとパサつく?ちょっとガーリックきつめ?」という印象を持ったけれど、これがなかなかハマる。チキンは文句なしにおいしい。大満足のランチ。

 
マラッカ名物(?)のチキンライス(3.5RM)。

 
再び橋を渡り、ムラカ・キリスト教会、スタダイス、時計塔などを見に行く。赤い建物が華やかだ。ここにはトライショー(人力自転車タクシー)が沢山集まっていて、「トライショー?トライショー?」と声を掛けてくる。1735年に建てられたムラカ・キリスト教会の前で少しだけ日本語を話すトライショーのおじさんと立ち話。日本で流行っているギャグを教えて欲しいと言う。でも、もし今日ほぼ回りきれれば明日マラッカを出ようと思っているので、早めに話しを打ち切り教会の中へ。気づくとさっきのトライショーのおじさんが後ろに立っていて、日本語英語ミックスで説明してくれる。でも、それでガイド料を請求されたりトライショーに乗るようになるのはイヤだったので、またしても早めに話しを打ち切り教会を後にした。最後、時間に余裕があればトライショーにも乗ってみたいけれど。

 
マラッカと言えばここ?ムラカ・キリスト教会。

 
時計塔とスタダイス。


スタダイス前の広場に集まるトライショー。

 スタダイスに上へ続く階段があるので上がって行った。すると文学館があり、丘に沿うように小道が続いている。歩いて行くと階段にぶつかり、階段を上がって行った所がセント・ポール教会だった。ここからはマラッカ海峡が見え、とても気持ちがいい。この教会は1521年にポルトガル人によって建てられたもので、9ヶ月間、ザビエルの遺骨が安置されていたのだそう。

 
丘の上にひっそりとたたずむセント・ポール教会跡。


マラッカ海峡が見渡せる。

 教会跡をぐるりと一周。壁に立て掛けてある沢山の石碑(?)を見ていると、入口付近でお土産を売っている人に、「分かる?」と声を掛けられた。マレー人が2人にドレッドヘアが印象的などこかの国の人が1人。「どこから来たの?」「名前は?」など、どこででも聞かれる事を聞かれ少しだけ話した後、丘を下りて行った。

 
沢山の石碑が。

 
教会跡の中はがらんとしている。

 行きに通った小道には戻らず、そのまま下まで階段を下りて行くとコタ通りに出た。左手に、ムラカ・イスラム博物館、民族と美の博物館を見ながら、その先にあるサンチャゴ砦へ。1511年、ポルトガル軍が、オランダとの戦いに備えるために作ったのだそう。よく見るとサンチャゴ砦の裏からも階段が丘の上に続いていて、セント・ポール教会へと繋がっていた。

 
ポルトガル軍が作ったサンチャゴ砦。

 それから、独立宣言記念館などがあるパラメスワラ通りをブラブラし、ノドが乾いたので通りに立ち並ぶお土産屋でジュースでも買おうと思っていると、自転車に追い越された。追い越しざま、スピードを落とすので見るとさっきのドレッドヘアのお兄さん。「これで観光してるんだ。」と楽しそうに自転車を指差している。てっきりお土産屋の人かと思っていたけれど、この人も観光客だったんだ。「バイバーイ!」とニッコリ。

 陰で100PLUSを一気飲みし、再び行動開始。サンチャゴ砦の隣にあるマラッカ・スルタン・パレスに入ろうか入るまいか迷ってウロウロし、結局、写真だけ撮って行こうとしたら、「ここの博物館は楽しいよ。」と声を掛けられた。彼はインド系シンガポール人のセイム。休暇で友達のいるマラッカに遊びに来ているのだそう。私を台湾人だと思ったらしい。そして私の名前を聞いて、「日本のリトル・プリンセス!ラブ・チャイルド!でも、リトルじゃないね。いつのまにこんなに大きくなったの〜?」などとハイテンション。ジョークが好きだと言いながら色々とおかしな事を言って笑っている。私は、時間が気になるのと同時に、前回のシンガポールでの事が頭をよぎる。あの人もシンガポール人だった、私を台湾人だと思った、愛子様の事を知っていて盛り上がっていた。・・・同じだ。


中には入らなかったマラッカ・スルタン・パレス。

 これからサン・フランシス・ザビエル教会とセント・ピーター教会に行くと言うと、インド人街の方へ行くというセイムと途中まで一緒に行く事になった。ちょっと厄介な事になったかもしれない・・・。時刻は15時。この時点で、「明日もう1泊だな。」と決めた(笑)。

 再びスタダイス前にやって来た。川沿いにマンゴスチンの形をしたチェンドル(かき氷みたいなもの?)屋があり、「チェンドル食べた?ここ、有名なんだよ。」と言い、知り合いらしいお店の人と楽しそうに話している。そしてそれから、サン・フランシス・ザビエル教会を目指してブラブラと歩いて行く。

 5分くらい歩いた先に、サン・フランシス・ザビエル教会はあった。中に入れるのか入れないのかイマイチ分からず、写真だけ撮って先へ歩いて行った。セイムは、やたらと私の荷物をひったくられないように心配してくれたり、自分が車道側になるように気をつかってくれる。思わず、ベトナムで出会ったミンを思い出してしまった。勝手に案内してくれて長い距離を歩いたあと、お金を要求されたっけ。セイムはどんな人なのだろう。


車の往来が激しい道沿いに建っている、サン・フランシス・ザビエル教会。

 行く手が2つに別れ、右前方へ続く道はセント・ピーター教会への道で、左前方に続く道はインド人街の方らしい。ここで別れようと「じゃぁ・・・」と言いかけると、「お茶飲まない?ノドが乾いちゃった。ご馳走するよ。」と、2つの道に挟まれたインド系レストランでお茶を飲むことになった。セイムはここのお店の人と知り合いらしく、親しげに話しを交わしている。周りではインド系の家族が、お皿代わりに敷かれたバナナリーフの上で、右手の指先だけを使って上手にカレーを食べている。セイムは私に、テ・タリッ(インド風ミルクティー)を頼んでくれた。

 ジョークが好きでテンションの高いセイムの面白い話しを聞きながらゆっくりとお茶を飲み、店を出た。てっきりここで別れるものだと思っていたのだけど、セイムはセント・ピーター教会へ向かって歩き出した。「ここで大丈夫だよ。」と言うと、「いいから、いいから。私たちは友達だよ!」とニッコリ。まぁ、いっか。

 セント・ピーター教会の中には、キレイなステンドグラスや、横たわるキリストの像などがあった。厳かな雰囲気の中、信者がお祈りを捧げているので、少し緊張気味に物音を立てないように見学した。


横たわるキリストの像が印象的だったセント・ピーター教会。

 教会を出て、フルーツ屋台が並ぶ通りへ行くことになった。セント・ピーター教会の前の道を歩いて行くと、この辺もチャイナ・タウンのようで、沢山の漢字が目に入ってくる。道沿いに保安宮という中国寺院があったので寄って行く。セイムは、「ここで待ってるから中を見ておいで。」と、門はくぐったものの、すぐにベンチに腰掛けてしまった。


夕方だからか、静かな雰囲気が漂う保安宮。

 それからフルーツ屋台が並ぶ通りへ行った。色々なフルーツがぎっしりと並べられていて楽しい。よく見かけるのだけど名前を知らないフルーツがあったので名前を聞くと、マタ・クチンだと教えてくれた。「猫の目」という意味なのだそう。このやり取りを見ていたお店の人が試食させてくれた。ライチやランブータンみたいな感じなのかな?甘くておいしい。セイムに「おいしい?」と聞かれたので「おいしい。」と答えると、遠慮する私を無視して1kg買ってくれた。

 
1口サイズでつまみやすい。茶色の種が猫の目のよう。

 その後たまたま少しだけ咳込んだら、「ノドにいいジュースがあるから。」と道端に出ているジュース屋台のテーブルについた。ノドにいいジュースとはアイル・テブで、サトウキビジュースの事だった。山積みにされているサトウキビを、ウィィィィーンと唸る機械に通すと甘いジュースが搾り出され、薄くペラペラに伸ばされたサトウキビの残骸が出てくる。見ていると面白い。アイル・テブは思ったほど甘ったるくなく、意外とスッキリとしていた。買ってもらったマタ・クチンを食べながら飲む。


スッキリとした甘味のアイル・テブ。

 ここでセイムは、昨晩の楽しかった飲み会について話し始めた。セイムはタマン・ムラカ・ラヤにあるゲストハウスに泊まっているらしいのだけど、そこに泊まっている人や私のように街で知り合った人たちと飲んだのだそう。2人連れの韓国人の女の子や日本人の男の子もいたそうで、ずいぶん遅くまで飲んでいたらしい。韓国人の女の子たちは、今日シンガポールに行ってしまったらしいのだけど、今夜もみんなで飲んでいるから一緒に飲もうという事だった。

 アイル・テブまでご馳走になってしまい、ブラブラとチャイナタウンを歩いて行った。歩きながら、この近くにあった長距離バスステーションがつい最近移転して遠くなってしまった事や、金・土・日とチャイナタウンではナイトマーケットがある事などを教えてくれた。

 明日回ろうと思っているスリ・ポヤタ・ヴィナヤガ・ムーティ寺院、カンポン・クリン・モスク、チェン・フン・テン寺院、ババ・ニョニャ・ヘリテージの場所を教えてくれ、少しずつ立ち寄った後、ゲストハウスに戻る事にした。方向が同じなので必然的に一緒に帰ることになる。日もだいぶ傾き始め、チャイナタウンには静けさが漂っていた。スタダイス前の広場が見え始めた時、チキンライスのお店を探している時に会った日本人男性にばったり会い、短い時間ではあったけれど、バーっと話した。久しぶりの(?)日本語での会話。やっぱり楽チン(笑)。

 マコタ・パレードに寄って行きたかったので、そこでセイムと別れた。しきりに今夜の飲みに誘われたけれど、「約束はできない。」と言って、飲んでいる場所だけ聞いておいた。確かに宿から近い場所だし、みんなで飲んだり食べたりは楽しそうだけど、早く寝たい気もするので。

 マコタ・パレード内に入ったもののだんだんと赤く色づく空が気になって、先に夕日を見に行く事にした。『深夜特急・3』で書かれているように(読んだ事はないのだけど。笑)、マラッカと言えばキレイな夕日。夕日がキレイに見える場所も調べてはおいたのだけど、どこなのかよく分からない。しばらくぐるぐる回ったあと、丘の上にあるセント・ポール教会へ行ってみる事にした。

 日が沈んで暗くなったら怖いかな、なんて思いながら階段を上がって行くと、同じように夕日を見に来ているのだろう人たちが沢山見えたので、安心して階段を上がって行った。どこから見るのが一番いいのか考えていると、「アキー!」と手を振る人がいる。よく見たら昼間話したお土産屋のマレー人。手招きしているので寄って行くと、「アキ!」と間違えた私の名前で歓迎してくれた(笑)。

 「アイコ(笑)。」と訂正すると「ソーリー。」と一生懸命覚えようとしてくれるのだけど、「ディフィカルト。」なのだそう。彼の名はAliで、私より1つ年上。日が沈むまでまだ時間があるとの事で、セイムに買ってもらったマタ・クチンを、AliとAliの友達と4人で食べながら色々な話しをしていた。もともと彼らはペナンで仕事をしていたのだけど、マラッカに戻って来たのだそう。Aliは中国人の父親とマレー人の母親を持つミックスだそうで、私に、「アイコは純粋な日本人?中国人と日本人のミックスみたいな気がする。時々中国人に見えるし、日本人にも見える。」と言われた。そういえば、いきなり中国語で話し掛けられる事が多いかもしれない・・・。

 19時を過ぎたけれど、水平線より少し上に雲があって、結局、夕日を見ることはできなかった。マラッカはキレイな夕日で有名だけれど、キレイな夕日はなかなか見れないらしい。「アフタヌーンサンセットが見れるから、明日は16時半においで。」と言われるも、アフタヌーンサンセットがどういうものなのかよく分からない。これからマコタ・パレードに行くと言うと、マコタ・パレードの近くの一角にAliのお兄さんのお店やAliのお店があるので、「帰りに寄ってみてよ。」と言われた。「その時お腹が空いていたら一緒に夕飯を食べよう。」と、「全然お腹空いてない。」と言う私に言った。テ・タリッやアイル・テブ、マタ・クチンの甘味がノドから胃にかけて残っていて、しかもチャプチャプと水分でお腹が重い。

 マコタ・パレードに行ったものの特に見る物もなく、少しブラブラして外に出た。すでに真っ暗だ。Aliのお店に行ったらお土産を勧められると思っていたので、寄らずに帰ろうかなとも思い始めた。かなり疲れていた。が、「あれ?」と思った時には、Aliのお店の前に来ていてAliが手を振っていた。

 最初にAliのお兄さんや友達を紹介され、「お腹空いた?」と聞かれた。空いていない事を伝えると肩をすくめ、戸締りされているAliのお店をわざわざ見せてくれると言う。しかも、「水持っていきなよ。」と、お兄さんのお店で売られている水を1本くれた。Aliのお店の中は、Aliが絵を書いたお皿やキーホルダーなど色々なお土産で埋めつくされていた。私に何かを買わそうという気は全くないようで、ただ単に、私に絵の書き方を教えたいようだ。でも、もう疲れていたので断り、明日また16時半に丘の上に行くと約束して別れた。

 Aliのお店から目と鼻の先にあるゲストハウスに戻り、明日もう1泊したい事を伝える。下の階にある自分の部屋に戻ろうとすると、「後でまた上においでよ。話そうよ。」と言われた。きっと、くつろぎスペースでみんなで盛り上がるんだろうな。「オーケー。」と返事をし、部屋に戻った。今夜はもう夕飯は食べず、シャワーを浴びて少しだけ上に行こうと思ったのだけど、急にインタネーットをしに行こうと思い立ち、一休みもしないまま外へ出た。

 ネット屋はセイムが飲んでいるはずの屋台に近く、ちょっとドキドキする。いそいそとネット屋に入り、30分ほどパソコンに向かった。30分1.5RM。クーラーの効いた店内にいたら少しお腹が空いてきたので、軽く何かを食べようと、ゲストハウスと同じ並びにあるロティ(インド風パン)屋へ入った。卵入りのロティ・トウロー(カレーをつけて食べる。)とテ・アイス・オ・コソン(ストレートアイスティー)を頼んで席につく。見事な手さばきでロティを薄く伸ばしていく様を見ていたら、手前にあるフライドチキンが目に入り、思わずそれも付けてもらってしまった。もう22時近いというのに子連れの家族が数組入ってきて賑わっている。出されたロティを、隣のテーブルに座っているおじさんに倣って、右手を使って口へ運んだ。


薄く伸ばした生地を重ねて焼いたロティはおいしい。
飲み物を含め、全部で4.3RM。

 すっかり眠くなり、3階にはホットシャワーがあるのだけど、上に行ったら話しに加わるようになるかもしれなかったので、自分の部屋のある2階で水シャワーを浴び、ベッドでゴロゴロ。2階にはバーがあり、ドアの隙間から音楽が漏れてきていた。うるさいと言えばうるさいし、子守唄といえば子守唄のような。遠くにざわめきを聞きながら眠りに落ちていく瞬間も気持ちがいい。

7月9日(金) 出会いもたくさん、ぶらぶらマラッカ その2

 深夜、ガタガタと揺れる窓の音で目が覚めた。雨と風が強く雷も鳴っている。そういえば、「今夜は雨が降るよ。」とAliが言っていたっけ。しばらく、音が気になって寝付けなくなってしまった。

 朝、朝食代わりにマタ・クチンを食べながらざっと今日の予定を立て、9時ごろ部屋を出た。まずは3階へ行き、ゲストハウスのスタッフを探す。ここではバスチケットの予約ができるとの事だったので、明日のKL行きのチケットをお願いしようと思ったのだ。平日ならともかく土曜日なので、念のため、あらかじめチケットは手に入れておいた方がいいような気がした。すると、週末のチケットは扱っていないとの事。仕方ない、今日はまずチケットを買いに行こう。

 昨日、バスステーションは移転したとセイムは言っていた。にもかかわらず、私はガイドブックの地図を見ながら、長距離バスステーションを目指して歩いて行った。半信半疑だったし、もし移転していたとしてもそう遠くない所なのではないかと勝手に思っていた。スタダイス前の広場を過ぎ、チャイナタウンを抜けて行く。途中までは、「ここ、バスで通った。」と確信が持てたものの、あとはさっぱり分からなくなった。

 だんだん日差しが強くなり始め、じんわりとかき始めた汗でTシャツが肌に張りつく。近郊バスステーションを過ぎ、どう考えてもおかしい場所までやってきた。うっかり大きなビルの裏に入り込んでしまったら、少し離れた所で、変なおじさんが通りがかった人に向かって奇声を発している。間違ってもあそこは通らないようにしようと思っていたのに、道なりに歩いて行ったら目の前におじさんが・・・。いきなり進路を変えるのも刺激を与えるかもしれないし、と、なるべく普通の顔をしながら足早に歩いて行くと、やっぱり何か叫ばれた。・・・怖い。

 結局チャイナタウンまで戻り、通りがかったタクシーに乗り込んだ。1時間も歩き回ってしまった。やっぱりバスステーションは移転していて、私が歩き回っていた所とは全く違う方向へ進んで行く。車内は涼しく、運転手さんは面白い。市内からバスステーションまでは8RMだった。ちなみにバスなら50¢(笑&泣)。

 移転したばかりのバスステーション内はさすがにキレイで冷房もよく効いている。KL行きのチケットを扱うバス会社はいくつもあり、いくつか見て回った後、10時発のチケットを購入した。KLまで7.9RM。さっきのタクシー代とほぼ同じ・・・(笑)。

 それからポルトガル・スクエアへ行こうと、170番のバスに乗りこんだ。ポルトガル・スクエアまでは60¢。エクアトリアル・ホテルを越え、さらに進んで行く。どこで降りたらいいのか分からないので、車内で運賃を集めるおじさんに、着いたら教えてくれるよう頼んでおいた。途中、行こうと思っているセント・ジョンの砦入口があり、場所が分かって良かったと思った。入口が分からなくてウロウロしている観光客も多いらしいので。

 そろそろかな、とそわそわしていたら、通路を挟んで隣に座っていたポルトガル人らしき人が「ここだよ。」と教えてくれ、一緒にバスを降りた。彼はポルトガル村に住んでいるそうで、途中まで一緒に歩いて行った。前は、ポルトガル・スクエアまでバスが入って来ていたらしいのだけど、最近は手前の道にしか停まらないのだそう。ポルトガル・スクエアではフェスティバルが開催されていてかなりの賑わいを見せていたらしいが、少し前に終わってしまったとの事で、フェスティバル開催を示す幕だけが残されていた。

 
キレイな家が集まるポルトガル村。突き当たりには海がある。

 ポルトガル・スクエアは時間が早いという事もあるのだろうけれど、私以外に観光客はおらず、ガランとしている。シーフード料理が食べれるかと少し期待していたのだけど、レストランも準備中のよう。とりあえずぐるっと一周し、セント・ジョンの砦に向かう事にした。

  
誰もいないポルトガル・スクエア。

 どこをどう間違えたら迷うんだろう?不思議で仕方ないのだけど、1本道を来たと思っていたのに違う道を歩いているようだ。セント・ジョンの砦がある丘は左手に出てくるハズなのに、右手側に丘がある。どう考えてもその丘の上にあるハズなので軌道修正をした。不確かなまま歩いて行くと交通整理をしている警官がずっと見ているので、セント・ジョンの砦はこっちでいいのか聞いてみた。やっぱりこっちで合っていたけれど、いつ間違えたのだろう?

 案内板の矢印に従い、道の両脇に生える木々によって木陰になっている坂道を上って行く。ひと気がなく静かだ。ちょうど上からバイクが1台降りて来ていきなり停まった。ヘルメットを外し、バイクにまたがったままずっとこちらを見ている。ちょっと気味が悪い。足早に先へ急ぐ。5分も歩かないうちに、明るい場所に出た。手入れが行き届いた丘の上に白いセント・ジョンの砦があり、黒い大砲が青い空へ口を向けている。他に観光客は誰もいない。

 
セント・ジョンの砦入口。

 
キレイに手入れされた丘の上へ。

 階段を上って行くとそこは結構な高台になっていて、マラッカの街並みやマラッカ海峡を見渡すことができる。じっとしていても玉のような汗が吹き出してくるほど暑いけれど、とてもすがすがしい。ここで一休みし、また坂道を下って行った。まださっきのバイクが停まっていてじっと見ている。自然と早歩きになってしまう。

 
ここからマラッカの街やマラッカ海峡を見渡せる。

 
ここはデートスポットでもあるらしい。こんな落書きも。

 
ここからブキッ・チナ方面へ行き、そのままチャイナタウンへ行こうと、大通りを歩いて行く。日を遮る物が何もない大通りはただでさえ暑いのに、行き交う車が暑さを倍増させる。ちょうどお昼時でお腹も空いてきたので、ポツポツと見かけるレストランのどこかに入ろうと、お店の様子を覗きながら歩いて行く。

 目の前に大好きな肉骨茶(バクテー)の文字が。他のお店はほとんどお客がいなかったのに、ここは人が入っている。きっとおいしいのだろうと、迷わず席に着いた。注文を取りにきた中国系のおばちゃんに、肉骨茶とチャイニーズティーを注文し、日記を書いていた。すると、お茶を持ってきたおばちゃんが興味深そうにノートを覗き込む。漢字交じりの日本語に興味があるらしい。忘れないようにと、お店の名前や料理名を書いていたのを見て中国語読みや意味を教えてくれたり、日本語ではどう書くのかを教えたり。ちょうど学校から帰ってきた娘2人を呼び、しばし日本語レッスン。さらには、日本から持参していた『旅の指差し会話帳 マレーシア』を43RMで売ってほしいと言い出した。売るのはいいけれど、中国系の人には使いずらい物なのでは・・・と思っていたら、やっぱり後から、「書いてある日本語が読めないから。」と、この話しはなくなった。確かにその通りだと思う。


どんどんお客が入って来て、あっという間に満席に近い状態。

 出された肉骨茶を見て感動。クレイポットの中は、骨付き豚肉、肉団子、きくらげ、湯葉、しいたけ、レタスなど具だくさん。ご飯も炊き込みご飯風になっている。味もいい。ボリューム満点なのでご飯は食べ切れなかったほど。大満足で店を出た。

 
本来は朝食として食べる肉骨茶。ボリューム満点でおいしかった。全部で7.5RM。

 
道なりに歩いて行くとブキッ・チナの麓に出た。そろそろマラッカで一番古い井戸であるスルタンの井戸が出てくると思うのだけど・・・。この井戸に背を向けてコインを投げ、そのコインが輝きながら沈んでいくと、またマラッカを訪れることができるという言い伝えがあるそうなので、コインを投げてみたい(笑)。が、気づいたらポー・サン・テン寺院と思われる所にまで来てしまっていた。何だかよく分からず、どうでもよくなってしまった。


ポー・サン・テン寺院?

 お寺の脇に、丘の上に続く階段があるので上がってみることにした。何かで、お墓が沢山あるブキッ・チナの辺りは治安があまり良くないので、昼間でも1人で歩かないようにと書いてあったのを思い出す。でも、そんな風に思えない程のどかな雰囲気なので大丈夫だろうと思った。が、少し階段を上がって行くと、それまで暑くて暑くて玉のような汗をかいていたのに、突然、体中に鳥肌がたった。たまらなくイヤな気分になり慌てて階段を下りた。


治安が悪いのかな・・・?

 何だったのだろう?いつまでもぞくぞくたつ鳥肌を不思議に思い、もうチャイナタウンへ向かおうと思った。ブキッ・チナを囲むようにある道路を歩いて行っても途中で左に曲がればチャイナタウンに行けそうだったので、車の往来が激しい大通りを避けて、そちらの道から行こうと歩き始めた。すると、階段脇にあるお土産屋の中国系の人たちが大声で私を呼び止める。わざわざゆったりと座っていたイスから立ち上がり、みんなして激しく手招きするので少し怖くも思いながら呼ばれるままに近づいて行った。

 「日本人?1人なの?1人だったらこっちの道は行っちゃダメ。」と、諭すように言われた。決して怒っている風ではないし、やっぱり、治安があまり良くないのかもしれない。

 金曜日の午後なので、ぞろぞろとモスクへ向かって行く男性ムスリム達とすれ違う。アスファルトからの照り返しがきつく、肌がジリジリと焼けていく。が、未だ鳥肌がたち続けているのは何故だろう。ブキッ・チナのせいなのか、それとも汗をかき過ぎて体がおかしくなっているのか。


チャイナタウンにて。奥にサン・フランシス・ザビエル教会が見える。

 チャイナタウンまで来る頃には鳥肌もおさまり、再び汗でじんわりと湿ってきた。まず、あまりお腹は空いていなかったのだけど、昨日目をつけておいたお店で豆腐花を食べることにした。温かい豆乳を固めたものに、シロップをかけて食べる。思ったよりも量が多かったので食べきれるか心配だったけれど、ツルリと食べれてしまった。

 
おいしかった豆腐花とそのお店。1杯1RM。

 ぶらぶらとチャイナタウンを歩いて行き、昨日、セイムに場所を教えてもらっていた、マレーシア最古のヒンドゥー寺院スリ・ポヤタ・ヴィナヤガ・ムーティ寺院にやってきた。


他のヒンドゥー寺院と比べると地味かな?

 次に、同じ並びにあるカンポン・クリン・モスクへ。ぐるっと中を見てから外に出て、塔の写真を撮っていた。すると、「笑って、笑ってー。」と声がする。「日本語?」と思いキョロキョロと声の主を探した。車の陰に隠れていたらしいその人はヒョッコリ顔を出し、「アイコー」と私の名前を呼ぶ。誰かと思ったら、昨日、ムラカ・キリスト教会の前で話したトライショーのおじさんだった。びっくり。


私のイメージでは、モスクっぽくないモスク。

 
この写真を撮っていたら声を掛けられた。

 おじさんの名はRosli。トライショーに観光客を乗せて、観光地巡りをしているところだった。ちょうどお客さんがお店に入っていて、Rosliともう1人のトライショーのおじさんと立ち話。ここの通りには、インドの神様、イスラムの神様、中国の神様がいるので、ハーモニーストリートと言うのだと教えてくれた。また、今日はどこに行ってきたのかを話すと、セント・ジョンの砦に1人で行った事を注意された。「アナタ、オンナ、ヒトリ、ダメ。アブナイ。」のだそう。

 Rosliと別れてから、同じ並びにあるマレーシア最古の中国寺院チェン・フン・テン寺院(青雲亭)へ。中国寺院特有のお線香の香りが漂い、門の前では参拝用のお線香や花が売られている。

 
中国寺院はとてもきらびやか。

 
通りを挟んだ斜め前に香林寺があり、チラリと覗いて一休み。そろそろ飲み物が必要かもしれない・・・。


白人を真似て、正面の階段に腰掛けて一休み。

 次に、マレーシア最古のモスク、カンポン・フル・モスクを見に行った。ちょうど礼拝が終わったところなのか、中から男性ムスリム達がぞろぞろと出てくる。相手に敬意をはらって深々とお辞儀している人や、固い握手を交し合っている人たちもいる。当然、モスクの中の様子は見れないけれど、そういった様子を遠くから見学してきた。


礼拝を終えた人たちで賑わっていた、カンポン・フル・モスク。

 次に、トゥン・タン・チェン・ロック通りにあるババ・ニョニャ・ヘリテージを見に行った。ここはプライベートミュージアムで、まず呼び鈴を押してカギを開けてもらい、8RM払って中へ入れてもらった。日本語で書かれた解説書を渡され、1階2階に展示されている立派な家具や衣装などを番号順に見学して行く事ができる。どれも立派な物ばかりで、8RM払う価値はあると思う。ちなみにババ・ニョニャとは、ガイドブックの説明文を引用すると、「マラッカでのババ・ニョニャとは、数百年前にマレーシアに移り住んだ華人男性(ババ)と結婚した、地元のマレー系女性(ニョニャ)のことをおもに総称している。」のだそう。

 
中での撮影は禁止なので写真はないけれど、価値のあるものばかり。

 一通り見ようと思っていた所は回ったので気が済んだ。すっかり汗だくになっていたので、一度ゲストハウスに戻ってシャワーを浴び、それからセント・ポール教会へ行こうと歩き出した。マラッカ川を越えると左手にあるマンゴスチンの形をしたチェンドル屋が目に入り、セイムが有名だと言っていたし、冷たい物が欲しかったので、食べてから帰ることにした。

 お椀サイズの器に、細かく削られた氷、あずき(あんこ?)、緑色の麺のようなもの、甘いシロップ?が入れられる。よくかき混ぜてから食べるように言われ、少し傾いているテーブルで、マラッカ川を見ながらチェンドルを食べた。よくかき混ぜてしまうと氷はほとんど溶けてしまい、少しシャリシャリ感のあるジュースのようになった。味は冷たいおしるこのようで、でも思ったほど甘くもなく、何だかよく分からないけれど緑色の麺のようなものもよく合う。とにかくおいしかった。

 
マンゴスチンの形をしたチェンドル屋。1杯1RM。

 スタダイス前の広場に集まってきているトライショーの中に、Rosliの姿がないか探す。もしいれば、トライショーに乗ってみるのもいいな、と思っていた。が、Rosliの姿は見当たらず、このままゲストハウスに戻ることにした。コタ通りを歩いて行くと、「アイコー。」と私を呼ぶ声が聞こえてきた。Rosliだ。私がすごい速さで歩いていたらしく、それを指摘して笑っている。

 「暑いからここに座りなよ。」と、傘で日陰になっているトライショーのイスに座らせてくれた。時々、Rosliの友達がお客さんを乗せて通り過ぎて行く。「友達が乗せてるお客さん、太ってるからかわいそう。」と言ってアハハと笑っている。やっぱり、マラッカでトライショーに乗ってみたいなと思い、値段を聞くと30分で20RMだと言うので、「乗ってみたい。」と言った。Rosliは私がトライショーに乗るとは思っていなかったようでびっくりし、「ホント?ありがとう。アイコは1時間でも2時間でもいいよ。」とニカっと笑った。

 私がだいたいの所を回っていたのは知っているので、行った事がない場所でオススメの場所を提案してくれた。時刻は15時。Aliとの約束は16時半なので時間的には余裕なハズ。まずはムルデカ広場で、マラッカの名前の由来になった木を見せてくれ説明してくれた。

 次は大きな船が博物館になっている船の博物館へ。ゆっくりと進んで行くトライショーは、のんびりとしていて気持ちがいい。やっぱりトライショーに乗って良かった。Rosliにボラれることはないだろうし。船の博物館は、海軍博物館と共通の2RMのチケットを購入しないと入れないのだけど、「友達だから大丈夫。」とRosliに言われ無料で中へ入れてもらえた。階段を上りデッキへ。ここからの眺めも良く、ここで夕日を見たらキレイかもしれない。博物館の出入口はここにあり、靴を脱いで中へ入って行った。中は冷房が効いていて、ひとときのオアシスのよう。これだけでも入って良かったと思ってしまう。館内での写真撮影は禁止だけれど、「ダイジョウブ、ダイジョウブ。」と、Rosliが写真を撮ってくれた。

 外に出て、少し川沿いに出る。船の博物館の隣には赤い建物があり、昔は倉庫だったこの建物を利用して、今はお店になっているとか。「ミツユヒン(密輸品)ヲ ウッテル。」と笑っていたけど、本当かな?

 そろそろ30分経つので戻るのかと思いきや、この辺で唯一のビーチへ連れて行ってくれると言う。そこから夕日もキレイに見えるとか。途中、使われていない建物の間を通って行った。景気が悪くなり、そこに入っていたお店は次々と潰れてしまったのだそう。Rosliが連れて行ってくれた場所は岩もゴロゴロしているけれど、確かに小さな砂浜だった。波打ち際には小さな魚もいる。少しブラブラし、トライショーを停めてある道路へ戻った。

 「こいでみる?」と言われ、Rosliがお客用の席に座った。この辺は滅多に車が入って来ないので、ぐるぐるとトライショーをこいで回った。慣れるまで、ちょっと変な感じがする。絶対に倒れないと分かっていても、道路が傾いていて自分側に傾いていると思うと倒れてしまいそうでハラハラする。しばらくこいでからRosliと代わった。


トライショーをこいでみた!

 このままゲストハウスまで送ってくれると、タマン・ムラカ・ラヤ方面に走り出した。が、「ノド乾いちゃった。お茶飲んでこう。ご馳走するよ。」と、ちょっとこ洒落た感じのカフェに寄って行った。テ・アイス・オ・コソンをご馳走になり、色々な話しを聞く。Rosliはフリーランスで俳優もどきのような仕事もしているらしく、自分が出演したドラマの話しをしてくれた。それから明日の話しになり、長距離バスステーションまでタクシーで行こうと思っている事を話すと、タクシードライバーをしている友達にゲストハウスまで迎えに行ってくれるように頼んでくれると言い、その友達と夜会うから、そこにおいでと言う。

 Aliと約束していた時間が過ぎている事が気にはなっていた。ただ、アフタヌーンサンセットの意味が分からなかったし、日が沈む時間に行けばいいとも思っていた。いち観光客との約束なんて、多分、半々だろうと思ったし。でも、少しソワソワしていたのでRosliが気づいた。最初に、16時半に約束があることは話してあったので。

 Rosliにゲストハウスまで送り届けてもらった時には、トライショーに乗ってから2時間が経っていた。でも、20RMでいいと言う。お茶までご馳走になってしまったうえ、ずいぶんサービスしてもらってしまったな・・・。一緒にご飯を食べれるかは分からないけれど、夜、Rosliたちがサテ(マレーシア風焼き鳥)を食べているという、ゲストハウスから近い屋台に顔は出すと約束して別れた。

 部屋に戻り、シャワーを浴びたり細々とした事をやっていたら、あっという間に18時を過ぎてしまった。丘の上に行くと、昨日と同じようにAliたちはお土産を売っていた。「ハロー。」と寄って行くと、「あー!16時半に来た?」と聞かれ、「ソーリー。」と謝る。「アイコにあげようと思ってランブータンを買っておいたんだけど、来ないから友達が全部食べちゃったんだよ。」と、チラリとランブータンの残骸に目をやった。・・・ごめん。

 Aliたちがお土産を売っている脇に腰掛け、日が沈むのを待つ。つい最近、2人組の韓国人の女の子たちが来たことを話してくれた。教会跡を見ている時にコケて足をくじいてしまい、ペナンでマッサージをしていたAliがマッサージをしてあげたのだそう。彼女たちはお金を払おうとしたけど受け取らなかったら、チャイナタウンでお土産を買って来てくれたと嬉しそう。彼女たちは今、シンガポールにいると思う、と聞いて、昨日、セイムが言っていた人たちかもしれないと思った。

 今日もキレイな夕日を見ることはできなかった。Aliが、「16時半に来ればアフタヌーンサンセットは見れたんだけど。昨日、明日は夕日が見れるよって言ったのに、見れなくてごめんね。」と謝るので恐縮してしまう。夕日が見れないのはAliのせいではないし、16時半に来なかったのは私なのに。


夕日がキレイで有名なマラッカだけど、なかなか見れない。だから価値がある?

 これからチャイナタウンのナイトマーケットに行くと言うと、「そのあと一緒にご飯食べようよ。それと、絵の書き方を教えてあげる。」とAliが言う。頭から疑ってかかるのもイヤだけど、あんまり素直に信じるのもどうなんだろう。昼間ならいいのだけど夜は・・・。でも、どうしても悪い人には思えないので、「ご飯を一緒に食べるかは分からないけど、とりあえず行くね。」と、21時にAliのお店に行くと約束して丘を下りて行った。もう少し早い時間だといいのだけど、Aliに用事があるそうで。

 日が落ちた後のスタダイス前の広場には、沢山のコウモリが集まってきていた。思わず耳を塞ぎたくなる位の鳴き声にびっくりしていると、木の下を通りがかった白人カップルの男性の頭の上に糞が落ちた。2人とも笑っていたけれど、広場にいた地元
の人たちが一番笑っていた。

 ナイトマーケットはお店も人もまばらで、あまり面白くない。もう少し遅い時間の方がいいのかもしれない。とりあえずぶらぶらと歩き、オタオタ(魚のすり身をバナナの葉っぱに包んで蒸したり焼いたりしたもの。)と、八角のニオイがぷんぷんする煮卵を買って帰った。ゲストハウスは出る前の晩の22時までに部屋代を払う事になっており、細かいお金がなかったのでくずしてくるように言われていた。だけどオタオタも煮卵もとても安いので高額紙幣では買えず、どうやってくずそうか考えながらゲストハウスに向かう。結局いい方法が思いつかず、マコタ・パレード内にあるマクドナルドへ行った。気になっていたプラウンラッパーを単品で買いたかったのにセットでしか買えず、ポテトとコーラがついてきた。

 マラッカでの最後の晩餐(Aliとの約束もあったので、しっかりご飯を食べるつもりではなかったのだけど・・・。)は、ベッドの上に広げたオタオタ、煮卵、プラウンラッパー、ポテト、コーラという不思議なもの。でも、オタオタも煮卵もプラウンラッパーもおいしかった。ポテトはお腹が苦しくなってしまい、ほとんど食べれなかった。

 
オタオタ(40¢)と煮卵(80¢)と、中指サイズのプラウンラッパー(セットで7.4RM)。

 20時半、部屋代を払いRosliがいるサテ屋台へ行く。まだRosliしか来ていないようで、食べ物を勧められたがお腹にそんな余地はなく断った。テ・アイス・オ・コソンを頼んでくれたので、それをチビチビと飲んでいるとRosliの友達Mailがやってきた。これがまた愉快な人で、短い時間しか話せなかったけれど楽しかった。結局タクシードライバーをやっている友達とは会えず、時間がない私のために、Rosliが端から電話を掛けてくれ、明日の朝迎えに来てくれるドライバーを見つけてくれた。

 RosliとMailと別れ、そこから歩いて5分もかからないAliのお店に行った。Aliはまだ来ておらず、Aliの友達たちと話して過ごす。女の人とも少しだけど話しができて楽しかった。なかなか女の人と話す機会がないので。バナナを貰い、お腹は苦しかったけれどモグモグと食べる。そこへAli登場。「遅くなってごめんね。お腹空いてる?」と聞かれ、「空いてない・・・。」と言うと「え?」とお腹に手をあてているので、「Aliはお腹空いてるでしょ。私は食べないけど付き合うよ。」と、ご飯を食べに行く事にした。

 「すぐ近くにいいお店があるんだよ。」と、Aliが連れて行ってくれたお店は、昨日の夜ロティを食べに来た所で、インド人ムスリムが経営するママッ・ストアだと教えてくれた。「飲み物だけでいい。」と言っているのに、「食べれるでしょ?」と、ロティ・チャナイ(今日は2種類のカレー)とテ・アイス・オ・コソンを頼んでくれた。注文を受けたお店の人が、「今日はフライドチキンはいらないの?」と笑う。Aliが不思議そうにしているので、「昨日の夜ここに来て食べたの。」と言ったら笑いつつ何か考えているようだった。・・・私、昨日はお腹がいっぱいって断ったんだよね、そういえば(笑)。でも、誘われた時にお腹が空いてなかったのは本当だし。

 「食べれないから。」と言っているのにフライドチキンも頼んでくれ、料理がテーブルに並んだ。昨日と同じように手で食べようとしたら、Aliがスプーンとフォークを使うので真似る。カレーは昨日食べたのと同じ辛いものと、辛くないもの。Aliはあまり辛いものが好きではないそうで、辛くないカレーばかりを食べる。ここのロティ・チャナイはとてもおいしいのだけど、さすがにキツイ。なかなか食べきれないでいるのに、どんどんフライドチキンを取り分けてくれるので困った。

 ちゃんと払うつもりだったのに、結局Aliにご馳走してもらってしまった。それから、Aliのお店で少しだけ絵の書き方を教わる事になり、お店へ行った。気を使ってドアを全開にしておいてくれたり、トイレに行く時には、「さっきからウロウロしてるあの人、変な人じゃないから大丈夫だから。1人になって大丈夫?」と気遣ってくれたり、荷造りがあるからあまり遅くなりたくないと言ったらこまめに時間を気にしてくれたり、優しい人なのだと思う。

 Aliに教わりながら、水彩絵の具で板に絵を書いていく。私へのお題は、スタダイス前の広場にある時計塔。Aliの絵を見本にして同じように書いてみるが、まったく別物だ。Aliも、「最初はそんなもんだよ。」と笑っている。Aliは2枚のお皿に絵を書いて見せてくれた。白いお皿に海辺の景色があっという間に描かれていく。見ていて楽しかった。


まずは元になる色を入れていくAli。

 23時近くになったので帰る事にした。どうもありがとう。AliやAliの友達たちが一番友達のように接してくれたので楽しかった。他の人は時間が経つと、さりげなく頭や肩に腕を回したりするから(笑)。もちろん、そうされると引いちゃうんだけど・・・。

 部屋に戻り荷造りをする。明日はKLだ!


PREVIOUS  NEXT


Copyright (C) aico. All Rights Reserved.


inserted by FC2 system